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高槻やよいという少女について

 高槻やよいの、ストーリー面におけるキャラクタ造詣。
 或いはその描かれ方、表現のあり方、そんな感じにつらつらと。

yayoi01.jpg


 ゲーム、及びドラマCDなどの公式媒体に描かれる姿と、そこから派生する二次創作、特にいわゆるニコマス、ニコニコ動画おけるアイマスMADでの描かれ方、とかとか。

 ちなみに自分は、XBox版『The iDOLM@STER』(以下 無印)と『The iDOLM@STER Live for You!』だけしかプレイしていない。
 PSP版、DS版で描かれているストーリーについてはまったく無知であり、あるいはそれらによって以下の文章はまったく意味をなさなくなる可能性もある。

 だがまぁ、知らん。


 なんぼなんでも、という長文になってしまったので、以下格納。




 端的に言ってしまえば、彼女は完璧なのだ。
 そして、それこそが彼女の最大の問題点であり、二次的な創作のほとんどを拒絶している理由でもある。

 完璧だというのは、無論能力的な意味ではない。
 ゲーム的な初期能力値で言えば、Da、Vo、Vi全てが最低クラスであるし、学力の低さなども作中のコミュから見て取れる。
 特技といえるものも持っておらず、趣味としてあげているオセロも、ドラマCD等ではあまり強くはないとコメントされている。
 本人が言う、声の大きさと一生懸命さだけが取り柄というのは、決して謙遜でもなんでもない。実際、他に取り柄といえるものがないのだ。
 
 だが逆に人間性、性格面では非常に高いレベルで完成している。
 
 やよいの人格面を語る上で、まずその幼女性を無視するわけにはいかない。
 ひたむきで、一生懸命。どこまでも素直で、何事にも元気に一途。先に言った学力の低さも、その無知さ、無垢さの表現の一つであると言える。
 無論、年齢で言うなら亜美、真美の方が年下である。だが、彼女たちに与えられた役回りは「幼女」ではなく「子供」だろう。大人にはない発想で引っ掻き回す、大人が忘れてしまった感覚の持ち主。まだ性が分化する前の子供としての面が強く、素直さ、無垢さといった要素はかなり薄い。
 アイマスに登場する中で、最も年下らしい、庇護されるべき対象。一番「妹」らしいキャラクター。それこそがやよいの立ち位置である。
 
 だが、同時に彼女は「姉」としての要素も持ち合わせている。
 大家族の長女であるが故の責任感と、意外な落ち着き。柔らかな外見に秘めた、その芯の強さ。
 年齢に似合わないほどの人格者。姉らしい強さを持った女性。それが、やよいというキャラクターの、もう一つの面である。
 
 これら二つの要素は、相反するものであると同時に、お互いを補完するものである。
 素直で元気な部分を、その責任感の強さが自制する。その芯の強さを、自身の無垢さが柔らかく包む。
 自分が持つ欠点になりかねない部分を、自分自身によってフォローできる。そんな、人格的な完成を見ているのが、彼女の最大の長所であり、それが彼女の完璧さである。
 
 そして、その完璧さが故に、彼女は他者を拒絶してしまう。
 
 
 ストーリーというものは、「欠損」だ。
 欠損を埋める。欠損を負う。その欠損を癒す、或いは癒されずに死に至る欠損。ことに個人に主眼を置いたストーリーであるなら、「傷」というべきか。

 だが、やよいはその完璧さが故に、傷を負うことができない。先もいったとおり、自分自身によってその欠損を包んでしまう。
 彼女を主眼に置いたストーリーを描こうとするならば、まずその完璧さを崩さなくてはならないのだ。
 勿論、一人で傷ついて、一人で癒して、ではなんの意味も持たない。
 彼女を傷つけてくれる誰か、そしてそれを癒してくれる誰かが必要となる。
 
 誰か。
 その候補としてまず浮かぶのが、原作ゲームの主人公でもあるプロデューサーだろう。
 無印において、プロデューサーは彼女の「長女」としての点を崩すことで、関わることができている。



 このコミュでは長女として強くある彼女に対し、自分は兄のようなものだと告げる。
 長子としての立場を崩し、庇護されるべき、されてもいい立場なのだと諭す。

 そうすることではじめて、やよいを泣かせることが、彼女の傷を見つけ、それを癒すことができているのだ。



 注目すべきは、これがそれぞれBランク以上のコミュとランクアップAコミュという、プロデュースも終盤になってようやく出てくるシーンだということだろう。
 1年近い時間を共に過ごしてようやく彼女の一つの面だけを崩すことに成功し、その心に近づける。それほどに彼女の人格は完成されてしまっている。
 
 そして、そんなプロデューサーとの別れであるエンディングでは、どのランクであっても、若干の不安を抱えつつも彼女は一人で歩むことをあっさりと選んでしまう。
 これはプロデューサーに依存する必要のない彼女の強さであり、依存されるほどに深く関わることのできなかったプロデューサーの姿でもある。
 長女としての姿を崩すことはできても、彼女に深い「傷」を与えるには及ばなかった、ということだろうか。
 
 
 ニコマスで、このプロデューサーとやよいの関わりについて描いた作品はあまり多くない。傷を与える、というプロセスが必要なだけに、動画というあまり長尺にしにくいメディアでは描きにくいものであるのかもしれない。
 だがその中で、白眉といえるのがKAKU-tail Party3におけるどん底Pの作品だろう。



 こちらの9:00あたりから。
 真面目であるが故に、長女であるが故に抱いたその責任感を見事に崩し、彼女に傷を負わせ、涙を流させ、そしてそれを癒す。
 2分ほどの短編でこれだけのストーリーを作り上げる構成力。それをとても受け止めやすい形で描き出す表現力。
 高槻やよい個人を描いたストーリー系の作品として、この作品は重要な意味を持つだろう。単品ください。
 
 やよいに傷を与えるという役は、この通りプロデューサーには少し荷が重い。そもそも、ゲーム本編で一度“失敗”してしまっているのだ。
 
 ならば他の登場人物ではどうだろうか。
 ここで問題になるのは、やよいの立ち位置だ。前にも触れたが、彼女は登場するキャラクターの中でもっとも「妹らしい」キャラクターである。
 誰にも好かれる、可愛らしい少女。庇うべき、守るべき存在。
 そんな相手を傷つけることができる、そんな人物がいるのだろうか。


















iori01.jpg

 いた。
 そう、ここで我らがツンデレ姫の出番である。
 
 ここまで長々と書いておいて、実は「やよいおり」について語るための前振りだった、という恐るべき事実がここで明らかになってしまった。
 
 とはいえ、実はそっちはあんまり語るつもりもなかったりする。割と既出なネタばっかだし。
 まぁ、気が向いたらそのうち書くかもしれません、という程度。 

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